平成12年度の冬に起こった、厚岸湖・別寒辺牛湿原におけるオオハクチョウの大量死
〜 餌付け問題にみる人間の生物観と環境行政 〜
澁谷 辰生(厚岸水鳥観察館・厚岸町環境政策課専門員)

 北海道東部にある厚岸町の厚岸湖・別寒辺牛湿原は,毎年推定1万羽以上のオオハクチョウCygnus cygnusが通過し,約2,000〜3,000羽が越冬する,日本でも有数のオオハクチョウの中継地・越冬地である.(横長の図
 毎年10月中旬に初飛来を迎え,主に別寒辺牛川河口〜厚岸湖北部を中継地として利用し,12月初旬〜中旬に着水数のピークを迎える.(図1
※北から飛来すると同時に本州方面へ飛去を繰り返しているので,通過数のピークは必ずしも重ならない.

 それ以降は,河川が結氷するに従い,汽水湖である厚岸湖に滞在場所を変更しながら大部分は南下し,残りはそのまま厚岸湖で越冬する.
 厚岸湖における越冬数は様々な要因により変化するが,主食であるアマモZostera marinaを採食可能な,結氷していない水面の面積により越冬数は大きく増減する.(図2

 さて,平成12年度の冬は,二十数年ぶりといわれる異常寒波のため,厚岸湖のみならず,厚岸湾まで流氷の接岸によりほとんどが凍り付いてしまった.この寒波のため,越冬していたカモ類は一気に減少し,完全に氷に閉ざされるまでには,ほとんどのカモ類は他地域に移動するのではないかと予想していたのだが,数ヘクタールの藻場のない水面に約千羽のオオハクチョウが取り残されてしまった.(図4

 厚岸町では,普段より毎年やって来るオオハクチョウなどカモ類への餌付けを行わないよう町民にお願いしている.これは,以下の理由によるものである.

1.餌付けすることでハクチョウやカモ類が人慣れすることにより,人間の生活圏内にそれら野生動物が入り込むことがある.この場合,交通事故や,犬猫による事故,又は人家周辺に密集しているカラス等に襲われる原因になってしまう.

2.人慣れすることにより,ハクチョウなどが自力で本来の餌をとる努力をしなくなる傾向がある.

これ以外に,大前提となるゼロ番がある.

0.元々厚岸湖を含む別寒辺牛川水系には,このオオハクチョウを養うだけの十分な水草が生えているので,通常期は無理に給餌する必要はない.

 しかし,このわずかな水面は市街地に近くにあり,この過酷な状況にオオハクチョウの死亡数が増えていく様子が町民の目の前で繰り広げられたため,一部の住民による自主的なエン麦の給餌活動が行われた.また町民から厚岸町に対し「給餌活動をなぜ行わないのか」との要望も同時に出された.

 厚岸町としては,上記した2つの理由の他に,以下の点を説明し,原則給餌は行いにくいことを説明した.

3.元々越冬中のオオハクチョウの群からは,定期的に衰弱,衰弱死する個体ができており,これらは同じく越冬中の海ワシ類(オオワシHaliaeetus pelagicus,オジロワシH. albicilla)など肉食鳥獣の重要な餌になっている.
 しかし,町中に近い場所で給餌・餌付けすることにより,その衰弱個体及び死体が,町中市街地に集中してしまう.その結果,これら肉食鳥獣が死体を利用しにくい状態になり,いつまでたってもその死体が野ざらしになってしまう.
(※補足:厚岸湖周辺道有林は冬期エゾシカの狩猟地域となる.北海道では鉛ライフル弾の使用は禁止されているが,依然として鉛弾を使用しているハンターがおり,鉛中毒になる海ワシ類が毎年出てきている.このため,特に寒さの厳しいシーズンには,出来るだけ海ワシ類が本来の捕食相手である水鳥を食べ安い環境を作る必要がある.)

4.例年の水面が広く開いている時には,足下の水中にアマモが生えているので,餌付けに頼りきっているオオハクチョウが飢え死にすることはない.
 しかし今年度は,興味本位で通行人,及び町民が餌付けしている場所において,最後まで人間にエサをねだったて衰弱し,近くにある水面に行かなくなった(行く体力が残ってなかった?)ためそのまま死亡してしまった可能性がある個体がいる.

 これらの危険を回避するためにも「市街地周辺では給餌・餌付けは行わないでほしい」とお願いし,「現在取り残されている集団の死亡率が,通常期と比較して多いのかどうかの根拠がないため,しばらく様子を見たい.そしてこの約1,000羽のオオハクチョウが本当に危機的な状態であることが改めて確認された後,給餌にご協力いただきたい.」,と給餌活動を一時的に自粛していただくよう関係者にお願いして回った.

 その後も,オオハクチョウの個体数調査,死亡状況の確認を行ったが,“目に付く”死亡個体は増加の一途をたどり,関係者と相談した結果,

1.湖面のほとんどが結氷して半月ほど経っているこの段階で,まだ1,000羽ものオオハクチョウがこの少ない水面に残っているのはすでに異常な状態である.ここ10年以上越冬地として適地だった厚岸湖が,20年ぶりとも言われる異常寒波により急激に氷結したことで,オオハクチョウが取り残された可能性が大きい.

2.この状態が続くと,さらなる大量死が現実のものになる可能性があり,住民の感情を考えると,緊急給餌を行うこともやむを得ないのではなかろうか.

と判断し,住民の意思を尊重するためにも,行政による緊急給餌を行うことが決まった.

 この給餌は,町民の協力のもと約2週間毎日行われ,与えたエン麦は約2トン.市街地侵入を防ぎ,事故を避けるため,厚岸湖氷上にて行った.(図6

 しかし同時に,市街地周辺での個人的な給餌,餌付けは止まらず,その結果,その後数週間に渡って,オオハクチョウ,及びカモ類が町中公道を歩き回る事件につながっていった.(図7

 市街地周辺で給餌,餌付けが行われていた場所ではオオハクチョウが町中に侵入し,厚岸駅前を含む町内数カ所ではカモ類が餌付けられたため,ヒドリガモAnas penelope,オナガガモA. acuta等が公道を徘徊するようになった.
 特にオオハクチョウは,交通障害を引き起こすため,通報がある度に厚岸町職員(環境政策課林政係及び水鳥観察館職員)が出向いて捕獲し,水辺に放すという作業を連日行った.このため,別紙のとおりチラシを目に付く所におき,町民等への注意喚起を行なった.(別紙チラシ

 平成12年度の冬、厚岸町で回収した死亡個体は判っているだけでもでも20〜30個体,実際は50〜100個体以上であったと推定される.だがこれは,大量のオオハクチョウを給餌により湖岸に寄せたため,死亡個体を町中に集中させてしまっただけなのではないかという疑念があり,この一連の給餌活動が,行政として正しい行為だったのかどうか,また厚岸湖内の野生生物全体を考えた場合、様々な生き物の越冬個体群にとって役立ったかどうかは何とも言い難い.

餌付け・給餌活動の問題点の整理


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