群集レベルでの植物と昆虫との花粉を介した相互作用の検討

 身近にみられる植物の花の形や色には様々なものがありますが,それは,植物が子孫を残すために,花粉を運んでくれる様々なパートナーとの対応関係から進化してきたものであると考えられています。私の研究では特に,花粉を昆虫に運んでもらう虫媒花と呼ばれる植物に注目して,それらの植物と昆虫との関係を,アイカップ岬やアヤメヶ原に花が咲き続ける5月中句から9月の終わりまで調査しました。

 花の葯(雄しべの先端部)の中につくられた花粉が,同じ種の花の柱頭(雌しべの先端部)へ運ばれることを送粉と呼びます。この送粉がうまくいかないと植物は種(たね)をつくることができないので,この送粉を的確に,効率よく行えるように,植物は信頼できる送粉者を誘うための信号や,送粉者への報酬を発違させました。信号というのは,他の花と区別できるような花の形や蜜標(蜜のある場所を示すサイン),色,匂いなどであり,報酬というのは栄養価の高い花粉や花の蜜などです。ざらに,花の構造や開花のタイミングなどと,そのパートナーである送粉者の形態や感覚能力,行動様式などとの間には,明らかな対応関係がみられることがあります。これら花と送粉者にみられる関係のパターンをまとめたものを,一般に送粉シンドロームと呼んでいます。つまり,花の形や色をみれば,その花がどのような送粉者によって花粉を運んでもらっているか分かるというものです。

 例えば,ハナアブによって送粉ざれるハナアブ媒花は,花の形がコスモスの花のように皿状で,葯や柱頭,蜜腺(蜜の出るところ)が露出しており,ハナアブなどが扱いやすいタイブであるとか,チョウによって送粉されるチョウ媒花は,花の形がユリの花のように深い漏斗(ろうと)状で,雄しべや雌しべが長く突き出ており,蜜腺が深い位置にあるタイブである,などといわれています。

 しかし,実際にみられる動物と植物との対応関係は,いつもその様な厳密なものとは限らず,時間や場所が異なれば,変化しやすいものであるともいわれています。

 私の研究では,主に草原の草花を対象に多くの種類の花が咲く,アイカッブ岬とアヤメヶ原を調査地としました。花の開花している時期を通して,それら2つの調査地の中で花の開花と昆虫の訪花の記録をとり,昆虫が花に訪れるときの時間や場所毎の違いがあるかをみることと,花と昆虫との対応関係の中に,上でお話しした送粉シンドロームでいわれているような関係があるのかをみることの,2点を検討することを目的として,調査しました。

 この調査中に,アイカッブ岬では,169種,アヤメヶ原では120種の虫媒花の植物がみられました。昆虫の方は,マルハナバチやコハナバチを中心としたハナバチの仲間や,ハエやハナアブなどの仲間,チョウやガの仲間,ケシキスイなどの甲虫の仲間,カメムシの仲間など,約180種類の様々な昆虫が花を訪れていました。

 それらの昆虫は,グルーブ毎に頻繁に訪れる花の種類が異なっていたり,花に訪れる時間帯が違っていたりすることが分かりました。また,どの種類も気温が高いときの方が頻繁に花を訪れることが分かりました。さらに,アイカップ岬やアヤメヶ原でみられた花の形と,そこに訪れた昆虫のグルーブとの間には,対応関係がみられ,送粉シンドロームが成り立っていることが分かりました。特に送粉に重要な役割をしていたのは,蜜が花上に露出したタイプの花を持つ植物に対してはハエやハナアブの仲間であり,蜜が深い位置に隠れているタイブの花を持つ植物に対してはマルハナバチの仲間でした。

 しかし,これらのシンドロームで言われるような,特走の種類の昆虫が頻繋に訪れる植物がみられた一方で,様々な昆虫が訪れる花の種類も同じくらいの数がみられました。また,アイカッブ岬とアヤメヶ原で共通にみられる植物でも,場所によって訪れる昆虫の種類が異なることもよくみられました。さらに,これらの花に訪れる昆虫の中には,花粉を体に付けずに花の蜜だけを盗んでしまうもの,花の上で花粉を食べてばかりいるものなど,送粉の役割をしていないような昆虫も数多くみられました。

 植物と昆虫との対応関係が変化する理由の一つは,同じ場所でも年によっては,また,同じ年でも場所によっては,観察する場所の植物と昆虫の種類や数が異なることだと思われます。また,植物と昆虫のそれぞれが相手を利用し,利用される関係にあるといった,両者の利害関係もその理由の一つだと思われます。それは,花のもつ花粉を的確に運んでもらうための様々な工夫は,種(たね)をつくり子孫をできるだけ多く残すためのものであるし,花粉を運ぶ役割を担う昆虫も,自分自身が生きる栄養を得るため,又は自分の子供や姉妹を養うために花を訪れ,餌を集めているといったことです。こうしたことが植物と昆虫との間に,送粉シンドロームの一言では表しきれないような,複雑な関係をつくっているのだと思います。

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